発がん性物質の発見に役立つ「危険な病原菌」があるって本当?

気温や湿度が上がってくると、食中毒が気になる季節です。毎年4月ごろから食中毒の件数は増え始め、細菌が育ちやすい6月~9月は細菌を原因とする食中毒にかかる人が多くなります。その原因となる菌の一つが「サルモネラ」です。この「サルモネラ」が持つ性質が病気の治療に役立つのではないか、と近年注目が集まっています。まずは「サルモネラ」とは一体どんな菌なのか、見ていきましょう。

実は「チフス菌」も含まれる?サルモネラとは?

食中毒や感染症を引き起こす菌として知られる「サルモネラ(サルモネラ属)」は、鶏・豚・牛などの家畜動物の腸に常在することが知られているほか、河川や下水道をはじめとした自然界のあらゆる場所にも広く生息しています。そして、その種類は1つではありません。

遺伝子の近縁性に基づいた分類では2菌種・6亜種があり、血清型(抗原性に基づく“血液型”)による分類では2500以上の種類に細分化されています。そのなかには、腸チフスを引き起こす「チフス菌」や、パラチフスを発症する「パラチフスA菌」も含まれます。

「サルモネラ」の中で人間に感染して食中毒(胃腸炎)を起こすものは「亜種I」の菌種のみとされ、一般的に食中毒原因菌として「サルモネラ菌」と呼ばれるのは、この細菌を指します。主にネズミを宿主としているため、「ネズミチフス菌」とも呼ばれています。

「サルモネラ菌」による食中毒の症状には、以下のような特徴があります。

  • 通常は「急性の発熱、腹痛、下痢、吐き気」、ときには「嘔吐」が特徴となる症状として見られる。
  • 潜伏期間は、サルモネラ菌を取り込んでから6〜72時間の間、通常は12〜36時間で症状が現れる。
  • 症状の継続期間は、2日〜7日。

※厚生労働省 検疫所 FORTH 「サルモネラ(チフス以外)について (ファクトシート)」の情報を元に作成

健康な成人であれば、軽度の胃腸炎にとどまることが多く、ほとんどの場合は治療を受けなくても回復します。しかし、幼少期の子どもや高齢者が感染すると、子どもでは意識障害や痙攣および菌血症、高齢者では急性脱水症や菌血症を起こすなど重症化しやすく、回復も遅れる傾向にあります。

また、保菌しているのに症状が出ないケースや、症状が治まっているのに保菌しているケースもあり、知らないうちに食中毒を広めてしまうこともあるのです。

サルモネラによる食中毒、年間の発生件数は?

それでは、日本ではサルモネラによる食中毒はどのくらい発生しているのでしょうか?

厚生労働省が発表した「食中毒統計資料」によると、2019年に国内で発生した1061件の食中毒のうち21件がサルモネラ属によるもので、患者数は476人です。最も件数が多いのが寄生虫「アニサキス」によるもので328件(患者数は336人)、また「ノロウイルス」による食中毒の割合は212件(患者数は6889人)で、ウイルスによるものと比べると少ないことが分かります。

ところが、世界全体で見るとサルモネラによる食中毒の罹患者はいまだに多く、「世界で下痢症を起こす四大原因疾患のうちの1つ」ともいわれています。

少し古いデータですが、2015年にWHOが発表したデータによると、2010年の1年間に食品が原因の腸疾患(食中毒)で亡くなった人の数は35.1万人と推計され、死因のTOP3は「チフス」(5.2万人)、「腸管病原性大腸菌」(3.7万人)、「ノロウイルス」(3.5万人)の順となっています。

有毒なサルモネラが、発がん性物質の発見やがん治療に役立つ!?

危険な食中毒を引き起こすサルモネラですが、その一方で、がんの予防や治療に役立つ「有益なもの」としても利用されています。その1つが、40年以上前から行われている「エームス(エイムス)試験」です。

アメリカのAmes教授らによって開発された「エームス(エイムス)試験」は、発がん性物質をスクリーニングする毒性試験として世界中で用いられています。

細胞のDNAに化学物質が傷をつけ、突然変異を誘発する性質を「変異原性」と呼びます。この「変異原性」を持つ化学物質かどうかを調べるのが「エームス(エイムス)試験」で、その際にサルモネラが活用されているのです。

変異原性の有無を調べるには、「その化学物質を含む培地でサルモネラを培養し、菌に起きた変化を判定する」という方法が用いられます。このときに用いられるのが、人間に食中毒を引き起こすネズミチフス菌を実験用に変異させたものなのです。

また、腸内細菌でもあるサルモネラは、人体の細胞内に入り込んで増える性質を持つため、さまざまな治療薬を体内に送り込む際に利用されてきました。

2017年には、この性質を利用して、人間の結腸がん細胞を発生させたマウスに、弱毒化とマクロファージのがん排除能力を誘発するように施したサルモネラ菌株を「トロイの木馬」のようにがん細胞へと入り込ませて、がん細胞を内部から攻撃することに成功したという研究結果が報告されるなど、サルモネラを利用したがんの治療方法が進められています。

そもそも「病原菌」「有用菌」という視点は、人間基準の判断でしかありません。今後の研究の進展によって、奥深い性質をもつ細菌類との“新たな付き合い方”が見つかるかもしれません。

【参考文献】
「サルモネラ感染症とは」(国立感染症研究所)
「サルモネラ食中毒」(日本食品衛生協会「食中毒菌などの話」)
「令和元年(2019年)食中毒発生状況」(厚生労働省「食中毒統計資料」)
「サルモネラ(チフス以外)について (ファクトシート)」(厚生労働省 検疫所 FORTH)
「世界保健機関(WHO)、2010年に発生した世界の食中毒分析結果を発表」(内閣府 食品安全委員会)
「変異原性試験」(日本薬学会「薬学用語解説」)
「Ames試験(復帰突然変異試験)の供試菌株」(独立行政法人製品評価技術基盤機構)
「遺伝毒性:化学物質により遺伝子に傷が付く」(労働安全衛生総合研究所)
Jin Hai Zheng et al. 「Two-step enhanced cancer immunotherapy with engineered Salmonella typhimurium secreting heterologous flagellin」(『Science Translational Medicine』13 Aug 2014: Vol. 6, Issue 249)

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