vol.1では、京都府立医科大学 消化器内科学教室 准教授の内藤裕二先生に、「よい腸内細菌叢」の基準について、そして腸内環境を整える食事について伺いました。続くvol.2では内藤先生が研究対象としている分野のお話を中心に、便通異常と腸内細菌との関係性や長寿者の腸内細菌叢について伺います。便通異常や腸内細菌が体にもたらす影響とは?
腸内細菌研究の内藤裕二先生に聞くvol.1「ここまで分かった!健康と腸内フローラとの関係性」
目次
腸内細菌研究は「健康寿命・老化」の分野にも

Q:vol.1で腸内細菌研究の技術的な進歩について教えていただきましたが、現在のトレンドとなっている研究テーマはあるのでしょうか?
内藤:個々の腸内細菌を網羅的に見て、血液型のような「腸内フローラタイプ」や多様性のあり方が、人の健康寿命を推測するマーカーとして使えないかという研究が、今少しずつ進んでいます。この10年ぐらいの間に、老化や加齢のスピードには大きな個人差があると分かってきて、今年発表された論文では、ニュージーランドで1970年代に生まれた1000人弱を45年間、追跡調査したデータが発表されました。それによると、通常であれば1年で1歳老化しますが、最も老化の遅い人は1年たっても0.4歳しか老化せず、老化の速度が一番速い人では1年で2.4歳老化しているというのです。
つまり、同じ年に生まれた人でも老化スピードにはばらつきがあり、0.4から2.4までの間に分布していると分かってきました。分かってくるとその理由を知りたくなるし、「0.4」の人になりたいと思うし、治療などを通じて老化のスピードを遅くできないかなと思いますよね。
「腸の年齢」を測定して何らかの介入をすることによって、そのスピードが少しでも若返る、夢のようなことが今できるような時代になってくるのかなと思いから、私たちは今、マウスの実験で老化のスピードを測り、それをうまく人に応用できないかということを研究しています。
便通異常は「腸の老化」を招く。その要因は高脂肪食

Q:「腸の年齢」も腸活に関係するワードとして知られています。「腸の老化」を防ぐ方法にはどのようなものがあるのでしょうか。
内藤:今、おなかのデータから腸の年齢を計測するというプロジェクトを手がけているのですが、便通異常は「腸の年齢」の老化を促進する要因になっています。
日本人の腸内細菌と便通異常との関わりを調べると、便通異常に悩むのは大人ばかりでなく子どもも多く、中学生でも20%くらいが便通異常といわれています。その子どもの便通異常の原因をよく調べると1番は高脂肪食による腸内細菌のバランスの変化です。食物繊維の不足も要因の一つではあるのですがどちらかといえば、高脂肪食の影響の方が大きいのです。
摂取する食事の影響に加えて、学校のトイレを使いたくないから便意を我慢したり、朝ご飯を食べなかったり、夜遅くまでスマホを見て光を浴びて体内時計が乱れたりした結果、おなかの調子がおかしくなってしまうし、腸脳相関といわれるように精神的な影響にもつながります。便通異常はとても大切な問題なのです。
私が便通異常にこだわっているのは、お通じが出づらかったりおなかがゆるかったりする状態は、一時的に薬で解決すればいいという小さな問題ではなく、10年〜20年という長いスパンで追っていくと健康に大きな影響を及ぼすので、もっと真剣に取り組んで対応すべきですし、長期的な視点で人の健康を考えてくれる医者のほうが名医だと思うんですね。
新しい善玉菌「酪酸産生菌」の働きをサポートするビフィズス菌

Q:長寿者の腸内細菌や腸内フローラには特徴があると聞きましたが、どのようなものでしょうか。
内藤:京都府北部の京丹後市は長寿の地域として知られ、2021年のデータでは人口当たりの100歳以上の人口比率が全国平均の3.3倍にもなります。京丹後市の高齢者を対象に長寿の理由を探る疫学調査「京丹後長寿コホート研究」が2017年から始まり、私は腸内細菌叢の研究を担当しています。その一環で、京丹後市と京都市に在住の65歳以上の方、それぞれ51人の便から腸内細菌を調べた際、京丹後市の方の腸には酪酸産生菌が多いという結果を数年前に発表したところ、乳酸菌やビフィズス菌に続く“新しい善玉菌”として酪酸産生菌が話題になりました。しかし、酪酸産生菌だけでは食物繊維を発酵・分解させて酪酸を生み出すまでにかなり遠回りで、腸内で酪酸産生菌の近くに棲息する乳酸菌やビフィズス菌が重要な役割を担っていることが既存の研究で指摘されていて、私もやっと知りました。
乳酸菌やビフィズス菌が乳酸や酢酸を作り、それをバトンタッチして受け取るようにして酪酸産生菌が働き、酪酸を生み出すというメカニズムで、つまり菌同士がさまざまに助け合っていることが分かってきて、そこから改めて京丹後市の高齢者の腸内細菌におけるビフィズス菌の割合を見ると、平均で10%程度のビフィズス菌が棲息しているのです。
発表当時は、たまたま数の多かった酪酸産生菌に注目していましたが、その働きを助けるビフィズス菌の役割は、実はすごく大きかったのかなとあとから思い至ったのです。ですから、サポートするビフィズス菌が少ない人の腸に、酪酸産生菌だけを増やしてもひょっとしたら意味がないのではと考えて、京丹後市の高齢者が何を食べているか徹底的に調べました。
Q:ビフィズス菌が多かった要因として何が考えられるのでしょうか。
内藤:食物繊維の影響を受けていると思います。海の近い京丹後市の高齢者は海藻類も毎日のように食べているし、野菜や豆類、イモ類などから水溶性食物繊維と不溶性食物繊維がバランスよく摂取されています。またたんぱく質も多彩な魚と多彩な豆から摂取されていて、レッドミートといわれる牛や豚の肉類は子どものころからあまり食べられていませんでした。都市化されていない、この地域における昔ながらの食生活が長く続いていたことがビフィズス菌や酪酸産生菌の多い腸内細菌叢に影響していると考えられます。
実は最近、東北大学名誉教授だった近藤正二先生の著作で『日本の長寿村・短命村』という面白い本を見つけました。1935年(昭和10年)から36年をかけて日本全国990の町村をご自身の足で巡り、寿命の違いと食べているものや生活様式を調査したものですが、京丹後市の地域は当時の調査でもすでに長寿村だったのです。さらに全国の長寿村の食生活の特徴として、「野菜と海藻と魚と大豆」を多く摂っていると指摘されています。私たちが「京丹後長寿コホート研究」を通じてやっと見つけた結論と同じことが、80年以上前に始まった調査ですでに書かれていたのです。
腸内細菌の研究から導き出した答えと、近藤先生が日本中を回って行った研究結果の結論が一緒だったものですから、もっと早くその本を読んでいたらよかったと思いました(笑)。近藤先生の研究結果を現代の科学で裏付けできて、私たちが考えてきたことが間違いではなかったという自信をつけさせてもらいましたね。
ビフィズス菌の最も大きな働きは「腸内を酸性にすること」

Q:ビフィズス菌を食品などから摂取することで起こる変化は、どのようなものなのでしょうか?
内藤:勘違いしやすいのですが、口から摂取したビフィズス菌が腸の中にとどまって増えることはありません。ビフィズス菌を用いた人の臨床試験もたくさん行われていて、ビフィズス菌はそのまま便として排出されると分かっています。ビフィズス菌の働きで最も大きいのが、摂取によって体内に入り、特に生きたビフィズス菌が大腸まで届くことで、腸内で発酵して酢酸や乳酸が作られて腸内を酸性にする点です。腸内にビフィズス菌が特に不足して、便通異常を感じている人には非常に有用だと思っています。
また、ビフィズス菌の研究にも新しいムーブメントがきていますから、今後、ビフィズス菌が健康にいい影響を及ぼす新たなエビデンスも出てくるかもしれません。ですから、ビフィズス菌を外から摂取する意義は僕は十分あると思います。