「腸活」が日本人にとって身近なものとなった今、腸内細菌や腸内細菌叢(腸内フローラ)と健康との関係にも注目が集まっています。kintre!では腸内細菌や腸内細菌叢と健康をテーマに、さまざまな切り口から話題をお届けしていますが、今回は消化器専門医として診療を行いながら腸内細菌研究や酪酸菌研究を通じて、腸内細菌叢と健康長寿の関係を探究し続けている内藤裕二先生に、腸活にまつわる「よい腸内細菌叢」の基準について、そして腸内環境を整える食事についてお話を伺いました。
「善玉菌」「悪玉菌」や「2:1:7」は前世紀の話!

Q:「腸活」や便通異常への対策として腸内細菌に注目が高まり、「善玉菌」「悪玉菌」といった単語や「善玉菌:悪玉菌:日和見菌=2:1:7」がよいバランスという話をよく耳にしますが、どう理解すればよいのでしょうか。
内藤:今では、腸内細菌研究がブームになっていますが、日本には古くから腸内細菌をテーマに研究をする先生がたくさんおられて、腸内細菌を培養して分類する地道な研究が長年にわたって行われてきました。その歴史は実に100年以上になります。その研究のなかで腸内細菌を分類していくと、体によい細菌と悪い細菌がいるに違いないという仮説から「善玉菌:悪玉菌:日和見菌=2:1:7」という分類が提唱されましたが、20世紀の初期のころの話です。
2000年以降、つまり21世紀になってから遺伝子で腸内細菌を調べられるようになってきて、単純に善玉菌・悪玉菌とは分類できないという考えに変わりつつあります。例えば、「クロストリジウム・ディフィシル」という腸内細菌は大腸の炎症を起こす菌で、病院のなかでは院内感染を起こすとしても知られ「悪玉」と思われてきましたが、クロストリジウム属が酪酸を産生する「善玉」だという研究が近年になり発表されました。
腸内細菌の分類も以前よりも格段に細かくなってきたとはいえ、まだ「門」や「属」という区分で腸内細菌の説明をしているレベルです。「属」のレベルといった霊長目ではヒトとサルぐらいの違いです。いわば人間とチンパンジーを一緒にして話をしているようなものですから、研究の途上でまだまだ分からないことだらけです。
ただ、一般の人には「善玉菌」「悪玉菌」と表現するほうが伝わりやすいので、説明するときにはそういう言い方をすることが多いですね。
Q:腸内細菌叢を決定づける要因について、分かっていることはあるのでしょうか。
内藤:研究のなかで、私たちの腸内細菌、いわゆる常在菌といわれる体内に棲んでいる菌の決定因子がだんだん分かってきたんですよね。一つ目は親の遺伝子の影響です。腸内細菌叢が親と似ているのは、似た遺伝子を持っているためです。
二つ目の要因は生まれてから1年〜3年くらいの生育環境です。この期間は無菌に近い状態で生まれてから、体内に入る細菌を「自分の味方か、敵か」を区別する段階なのです。恐らくそのときに味方と判定されれば体内に棲み着くし、体が敵だと思ったらその細菌は二度と棲めなくなってしまうため、そこが腸内細菌叢の形成にとって大事ですよね。
その結果として、食習慣や生活環境の変化、運動習慣の有無など、さまざまな環境の変化で腸内細菌が増えたり減ったりして、人生の間で腸内細菌のバランスが変わっていくと考えるのが正しい理解だと思います。
Q:日本人の腸にビフィズス菌が多いのも、遺伝子などの影響なのでしょうか?
内藤:日本人の腸内にはビフィズス菌が多いというのも、日本人の持つ特徴的な遺伝子によるメカニズムだと分かってきています。
乳製品に含まれる乳糖を摂ったとき、海外の人は体内で消化して栄養素にしますが、日本人の遺伝子は乳糖を分解する力が極めて弱く、分解できません。消化されないまま乳糖が大腸にたどり着いて、ビフィズス菌のエサになってビフィズス菌が増えることが判明しつつあります。
私たちが研究している糖尿病患者のデータでも、砂糖は腸内環境にエサになりやすく、砂糖を摂っている人は腸内のビフィズス菌が多い可能性が指摘されていますので、「遺伝子の影響+食べ物の影響」が恐らくとても大きな要因ではないかと考えています。
「腸内フローラがよい状態」は、腸内細菌叢のタイプによってそれぞれ異なる

Q:「よい腸内フローラ」には誰もが共通するような基準があるのでしょうか。それとも人それぞれにとっての相対的な基準があったり、また別の捉え方が適切だったりするのでしょうか?
内藤:今、2000人くらいの腸内細菌を調べて血液型のように分類できる可能性について研究をしています。海外でも「エンテロタイプ」という腸内細菌叢による分類型がありますが、ビフィズス菌の多寡も含めて分類しないと日本人には合いません。
そのほか、バクテロイデス門やファーミキューテス門、プロテオバクテリアなどの菌の大まかな分類で、厳密な分類ではありませんが、AIを使いながら五つ程度の分類型に分けられるのではないかと考えています。
血液型のような、というのは、例えば血液型がA型の人がB型を目指す必要はないですし、タイプによって性格の特徴が違うといわれているように、腸内細菌もタイプによって同じストレスに対する耐性の違いがあったり、ストレスの種類によってもストレス負荷が違うような、分類があるのではないだろうかという仮説を立てて検証しようと思っているところです。
Q:つまり、理想的な腸内環境は腸内細菌叢のタイプによって違ってくるということでしょうか?
内藤:そうなんです。逆から考えれば腸内環境改善策の指導にも応用できるかもしれません。運動が体にいいのは確かですが、誰もが同じ負荷の運動をしたらけがをする人も出てしまいます。腸活もオーダーメードの、その人の腸内細菌叢に応じた改善方法が、今後は重要になるのではないでしょうか。
1週間の食事データと腸内細菌のデータ、ある程度の血液検査のデータを元にAIに分析させると、あなたにピッタリな1週間の腸内献立が提示されるような時代が、もうすぐそこに来ていますし、そういうことをやろうと思っています。
腸内環境を整えるには「高脂肪食」を控えるのがポイント

Q:腸内細菌やよい腸内フローラを作るうえで、よい食事・悪い食事はあるのでしょうか?
内藤:発酵食品は、恐らく日本人に特徴的な腸内細菌叢の形成と健康に大きな影響を与えていると思います。特に特定のこうじ菌が発酵で生み出す成分が、食物繊維のように腸内細菌のエサになっているという研究が進められているほか、われわれが研究しているデータでもみそ類がいい影響をもたらしているという結果が出ています。
日本人の場合は、ほとんどの人が今までも歴史的にも発酵食品を食生活に取り入れてきていますが、食物繊維は不足していますよね。私は発酵食品よりも食物繊維のほうが大事だろうと考えています。そしてそれ以上に高脂肪食を控えることのほうが大事だと思います。特に動物性脂肪ですが、高脂肪食を食べると、人でも動物でも2週間ほどで腸内細菌の比率が変わっていくんですよね。
Q:沖縄の方は豚肉を食べるので長寿という話を聞いたことがありますが、関連はあるのでしょうか?
内藤:世界に5か所、「ブルーゾーン」と呼ばれる健康で長寿の人が多く住む地域があり、その一つが沖縄の大宜味村(おおぎみそん)です。現在でも女性の長寿が多い地域で、住民の腸内細菌データを調査したデータがあります。それによると他の地域の日本人の腸内ではほとんど見られない「アッカーマンシア属」の細菌が非常に多いことが分かっています。つまり同じ日本人でもかなり違った特徴があります。
「豚肉を食べているから長寿になる」という話ではなく、腸内細菌を基点にして「肉を分解して健康長寿につながる物質を生み出す腸内細菌がいる」と考えたほうが的確でしょう。少なくとも、すべての日本人が沖縄の人のように豚料理を日々食べていたら長生きできるかというと、そんなことはないのです。「長寿にいい食べ物」も、住む地域やその人の腸内細菌叢によって違ってくるはずです。
世界中の長寿地域に共通しているのは、海が近く温暖な気候で、都市化されていない昔ながらの生活が今でも保たれていることです。
1000年〜2000年前の古代人の腸内細菌が見つかって、遺伝子を解析した研究では現代人よりも圧倒的に豊富で多様な腸内細菌を持っていることが分かりました。彼らは恐らく、私たちほど肉や砂糖を摂ってないでしょうし、植物をいろいろと利用して生きていた人たちだったでしょう。多彩な遺伝子の腸内細菌を持っていないと、人間が生きるのに必要な栄養や物質を作れなかったと考えられます。ところが現代の都会の人たちは古代人に比べると多様性は失われてしまっています。便利さを手に入れると腸内細菌の多様性が貧しくなってしまうわけです。